2016年06月16日

この記事が一番的を得ていた。

 舛添都知事セコさ見苦しさで国民と自民に見放される


東京都の舛添要一知事(67)が15日、辞職願を提出し、都議会本会議で了承された。前夜までは涙ながらに9月までの続投に執念を燃やし、議会解散までちらつかせたが、最後は頼みの綱の自民党に見限られ、万事休すとなった。かつて「最も総理にふさわしい政治家」といわれたが、セコいお金の使い方に引き際の見苦しさも重なり、国民にも見放された。20年五輪の舞台となる東京は、2代続けて知事が政治とカネの問題で途中退場する。舛添氏は会見を開くこともなく、21日に都庁を去る。

 舛添氏は15日夜、都議会本会議で辞職が了承された後、最後のあいさつに立った。2年4カ月での途中退場。「心残りの念は尽きないが、不徳の致すところ」と語った。「これ以上、都政の停滞を長引かせることは、私にとって耐えがたい」と辞職を表明した。

 あいさつは約2分。6月1日以降、ヤジと怒声、失笑の中にいたが、この日は拍手が送られた。ただ、議場を去る際は「湯河原でゆっくり休んでください」と、強烈なヤジが飛んだ。

 辞職願は、代理人を通じて提出。理由は「諸般の事情」。「舛添劇場」に幕を引く無念さがにじんだ。

 舛添氏の去就は、14日深夜から15日朝、一気に動いた。舛添氏が予定より約2時間早く登庁すると、すぐに辞意の情報が広がった。

 舛添氏は14日深夜、1度退庁した後、3分後に都庁に戻った。都議会自民党の重鎮、内田茂氏らと会い、辞任するよう説得された。最大会派の自民党が、不信任決議案提出に動く意味も伝えられた。可決なら、都議会史上初だ。舛添氏の経歴にも、汚点を残す。「打ち首より、名誉ある切腹を選んだ」(自民党関係者)。最後は、追い込まれた。

 14日深夜から15日未明に、電話で内田氏らに辞意を伝達。知人には「(総務委員会で辞職要求した)公明党にやられた」と漏らしたという。自民党でも、舛添氏をかばうことで「最低300万票減るかもしれない」(関係者)と危機感が強く、参院選必勝を目指す安倍晋三首相は、早い段階で舛添氏を見切っていた。1度党を除名された舛添氏を最後まで守るほど、自民党は甘くなかった。

 舛添氏はかつて、「最も総理にふさわしい政治家」といわれ、世論の支持が武器だった。しかし、4月27日の週刊誌報道から49日、政治とカネの問題で、言い訳に言い訳を重ねるぶざまな姿に、民意は一気に離れた。

 「都民のために仕事をしないと、死んでも死にきれない」。舛添氏は最後まで続投に執念をみせたが、遅きに失した進退の決断が都民に迷惑をかけていることを、理解していなかった。 知事としての責任は、既に消えている。前任の猪瀬氏でさえ行った辞任会見を、行わない。総務委員会の集中審議も中止された。舛添氏は精査せず、何も語らず、21日に都庁を去る。





パンチひとこと

人望もない

友達も居ない

そんな男のこの結末は必然だったような気がする





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posted by ひまーじん at 11:49| くず | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする